第17回 カナリヤは本当に「歌」を忘れる
神経内科医長 梅枝 伸行
人間の脳には生まれた時には千数百億個の神経細胞がありますが、その後、増えることはありません。
そして、脳の神経細胞には寿命があり1日に数十万個から100万個の神経細胞が死亡すると推定されています。 1日50万個が死亡すると仮定して、80年間には150億個、つまり、80年後でも8割以上が残っていることになるのでそれほど心配はいりません。
一方、脳卒中(脳出血や脳梗塞)が起こり急に神経細胞が死亡すると、死亡した神経細胞が何をしていたかによって、手や足の麻痺や言語障害などの障害が即座に、あるいは徐々に起こってきます。
しかし、幸いなことに当院で行われているようなリハビリテーション(機能回復訓練)を適切におこなえば、失われた機能が徐々に回復してきます。このように機能が回復するのは、人の脳の9割は眠っていて一つの活動をしている神経細胞が死亡すると、隣の眠っていた神経細胞が起き出して、死んだ神経細胞の仕事を肩代わりするためと考えられています。
ところで、すべての動物の脳が増殖しないかというと例外があります。
歌を忘れたカナリヤという歌がありますが、カナリヤは実際に歌を忘れる鳥なのです。 春になると雄のカナリヤの脳の「歌う中枢」は、約2倍大きくなります。 雌を自分のところへ引きつけるために歌を覚え、そしてみごと夫婦関係が成立すると、この歌の脳中枢は半分(つまり元に戻る)となります。 こうして次の春がくるまでカナリヤは実際に歌を忘れてしまうのです。
歌を忘れたカナリヤを哀れに思うのは、脳神経細胞が増えることのない人間の全くの思いこみですが、カナリヤではない人間は、脳卒中が起きたらできるだけ早くから専門スタッフによるリハビリを行うことが何より大切なのです。